「ジェラテリアサクラ」美味しさの秘密 牛が何を食べているか知っている?
牛乳でつながった藻岩と天塩 〜ジェラテリアサクラ 特別番外編〜
〜「ジェラテリアサクラ」本編から続く。
食べた人が幸せになるジェラート店を展開しようと、美容室さくらヘアーの今里社長は道内にある牧場のソフトクリームを食べ歩きしていた。食べたソフトクリームの中で、一番美味しかったのが宇野牧場のソフトクリームだったという。美容室で長年働いてくれた従業員に、第二の人生を幸せに過ごしてほしい今里社長と、しあわせな牛を育てている宇野さんが、牛乳でつながった。牛乳のラベルにはこうある。宇野牧場史上「最高峰の牛乳」。
何が最高峰なのか?
今里社長は「宇野牧場の牛に会ってほしい、そして牛のフンの匂いが無い牧場に行って見て来てほしい」と言った。そこの牛達は警戒心が無く、人なつっこいという。そんな牛の概念を変えてしまう牛たちがいるという牧場に向かった。
訪れたのは北海道の留萌よりも北に位置する北西部、3000人が暮らす天塩町サラキシだ。広大な日本海の潮風を感じながら走れる国道232号(通称オロロンライン)は有名だ。遠目に利尻富士を眺めながら気持ちよくドライブできる。ただ、吹きつける日本海の厳しい風と冷涼な気候の地域である。稚内及び宗谷地区の基幹産業は酪農である。寒さに強く熱さに弱い牛には最高の気候だ。
目的地の宇野牧場は現在230ha、東京ドーム50個分の面積に150頭の牛を飼っている。広さに対して牛の数はかなり少ない。種類は9割がホルスタインだが、ジャージーと、ブラウンスイスもいる。自社で自然分娩の繁殖もしている。今は放牧酪農と乳製品の加工・販売が主だが、畜産用にも10頭ほど飼育しており、10年後には牧草だけを食べて育てる、「グラスフェッド牛」として販売する予定も立てている。
冬でも悪天候以外は年中放牧されており、屋内に入るのは朝晩の搾乳の時くらいだ。牛一頭の乳量は1日約20ℓ、冬はもっと減る。酪農家にとって乳量は命である。量が多いほど、酪農家としての評価が上がる。ただ、量を増やすのは簡単だ。配合肥料や穀物を餌に混ぜてあげると、すぐに増えるからだ。だが宇野牧場は100%グラスフェッド乳牛にこだわる。
宇野牧場が始まったのは1945年。今は3代目の宇野剛司さんが2005年から経営している。そして珍しいのがオーガニック表記の事だ。宇野牧場は、まだオーガニックという言葉が日本で知れわたってない時から無農薬で土作りをしてきた。シンガポールに輸出が始まったころ、「宇野さんの牧草地はオーガニックだから、認証を取ったほうが良い」と言われて、取得してみたのだ。通常はオーガニック認証があると高く売れるため、認証を目的として牧草を作るのだが、宇野さんの牧場は、認証を取る以前からずっとオーガニックで牧草を育てていた。
放牧している牛たちの所まで、宇野さんに連れて行ってもらった。見渡す限りの草原に青い空、点在する牛たちの姿が視界に広がっていた。この日は丁度1時間前に滝のような雨が降り土は少しぬかるんでいた。雨が降ると牛は草を食べないので、ただシッポだけを左右に振り、のんびりしているように見える。群れの中で立ち止まっていると、一頭のホルスタインが筆のようなシッポを振りながらゆっくり近づいてきた。牛の目が「何者?だれだれ?」と言っているようだ。そして筆者に近づいて左手を「ペロリ」となめてくれた。すると用は済んだように戻って行った。
この時、同じく取材のために訪れていた留萌新聞の記者が写真を撮ってくれた。記者の直ぐ後ろでは、違うホルスタインが、カメラを構えている記者の背中を面白そうに突っついていた。「ちょっとかまってよ」と言っている様で「好奇心」があるように見えた。人も食べるもので性格が変わるというが、牛も草だけを食べていると違うのかもしれない。そして「ドドドドド」という音がして横を見ると牛がフンをしていた。当たり前だが周りはフンだらけだった。通常の牧場では、牛たちの存在を感じる、少し鼻をつくフンの匂いでいっぱいのはずである。でも匂いが全くしない事に今頃気が付く。恐る恐る出来立てのフンに顔を近づけたが、「ジェラテリアサクラ」の店長が言うように、全くちょっとも匂いがしなかった。色も茶色ではなくうっすら緑色だ。腸内環境が良ければフンは臭くないのだ。それは人も一緒である。
宇野さんがこのスタイルで酪農を始める20年前、酪農の方針の違いで父親と意見が衝突した。それは同じ屋根の下で2年間続く。親も先代から続けてきたやり方を変える事は、並大抵のことではなかっただろう。そのことが原因で根負けし、農家を引き継ぐのを辞める若者が沢山いるそうだ。 でも宇野さんの決意は揺らがなかった。少しずつ実績と結果を出し父親を納得させていった。
しかし、突然にも父親に癌の診断が下る。宇野さんはどうしたら癌が良くなるのか父親と共に病気と戦う。その結果、癌は薬だけでは治らないのではないか?日々の食べるものが重要だと考えるようになる。食品を製造している場所、材料を調べていくうちに、日本の物だから全て安心だという思いに疑問を抱いたり、逆に海外だから安全じゃないという概念が崩れていった。そして、反芻動物の胃の中にある共役リノール酸が抗がん剤の効果に似ている事を知り、より牛乳の質を上げる事に熱心に取り組むことになる。自然のものが一番人を癒すのだ。この事が無かったら完全グラスフェッド等に取り組んでは無かったと振り返る。だから牛たちにも薬は使わない。この様に全ての価値を持ち合わせている牧場は世界でも数は少ない。貪欲なまでに拘りを持っている。
これからは酪農家としての価値をもっと上げていきたい そして若い人にも新規酪農をしていってもらい、だから楽しい所も見せていきたい。メディアにも忙しい時間を工面して出来る限り答えている。だが、酪農は実際とても辛い仕事だ。 いつが一番苦労したか尋ねてみると「ずっとです」と、宇野さんは笑顔で答えた。 ただ、「失敗はなかった」と言う宇野さんは、全てを経験として次に活かしている。
グラスフェッド放牧で育てると、牛が勝手に牧草を食べ気ままに休む。だから酪農家もその空いた時間でゆっくりできるイメージだ。しかし、宇野牧場の草は化学肥料を使わないため、緻密な計算と経験が必要だ。全部で数十種類の味や栄養価が違う草を育てている。何より牛がお腹いっぱいになるまで食べてもらうためだ。その草の成長具合もかなり繊細に管理している。短すぎてもダメだし長すぎても牛は食べてくれない。牛の体調を見て食べてほしい草のある所に誘導する事もある。マニュアルは無い。毎日厳しい自然と向き合ってきた経験だけが頼りになる。全ては、「最高峰の牛乳」を作るために。軽々しく付けられる名前では無い商品名。それには生産者の決意と覚悟が現れているように思えた。
宇野さんは今、学校で食育の講演も行うなど、食の大切さを伝える活動もしている。そして、真剣に世界一の牧場を目指している。この先も宇野牧場は、思い描く夢で終わらないだろう。
「ジェラテリアサクラ」で食べられる濃厚なアイスの美味しさは、人の想いも詰まっていた。
(文・写真:今野純子 もいわ塾1期生)2024.11.13